ノーベル賞受賞者も活躍した学会
 私がこのたび参加した「合成金属の科学技術に関する国際会議、International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals(略称:ICSM)」(会場:ウォーロンゴング大学、ニューサウスウェールズ州、オーストラリア)は導電性高分子、電荷移動錯体など金属以外の物質、特に有機化合物で電気を流す物質の基礎・応用研究について講演・討論される世界で最も有名で権威のある大会です。日本の白川英樹先生、アメリカ合衆国のマクダーミッド教授とヒーガー教授は主にこの大会で活躍され、ノーベル賞を受賞されたことは周知のとおりです。ここ20年のこの学会の発展は目覚ましく、講演件数も2,000件を越えるようになってきたために、前回の上海大会(2002年開催)では研究者一人につき講演が1件に制限され、今回はさらに組織委員会が講演そのものを1,000件に選別しました。私は幸運にもその1件に選ばれ、導電性高分子のセッションで講演しました。
 大会はノーベル賞受賞者の講演を皮切りに始まり、その講演以降はセッションごとに会場が分かれて講演・討論が行われました。テーマは主として、1)導電性高分子、2)電荷移動錯体、3)ナノチューブとナノ構造、4)フラーレン類、5)有機超伝導体、5)有機磁性体、6)有機フォトニクス・エレクトロニクス・電解発光などに関するものでした。講演は基礎研究から実用化の一歩手前までの広範囲に及び、最先端で興味深いものばかりでした。討論も活発に行われ、講演後も研究者同士の情報交換がコーヒーショップやロビーなどで数多く行われていました。
新たな導電性高分子の実用化に向けて
  私が講演しました題目は「有機溶媒を添加した重合溶液から得られたポリ(N-メチルアニリン)の導電性向上」でした。1977年に白川先生によってポリアセチレンが電気を流すプラスチックであることが報告されて以来、こうした導電性高分子の研究がなされてきました。研究が進むにつれ電気を流す以外に、電圧をかけることによって色調が変化すること、二次電池に使用できること、などいくつかの有益な機能が見いだされてきました。私が約20年前から携わっているポリアニリンは、二次電池や表示材料として初めて実用化が成功した今となっては有名な導電性高分子です。汎用高分子と比較してこのポリアニリンの不利な点は、その成形加工性の乏しさです。ポリアニリンは粉末状でしかえられず、どの有機溶媒にもほとんど不溶で溶融もしません。さらにもう一つの欠点は過度に酸化されると加水分解してその導電性や機能が消失することです。今回講演したのは、その欠点を克服する研究の一環であるポリ(N-メチルアニリン)に関するものです。これはアルキル基としてメチル基をポリアニリンに導入した構造を有しています。酸化に対する安定性や汎用の有機溶媒に対する溶解性の双方とも向上することに成功したのですが、導電性がポリアニリンよりも劣ります。導電性が増大させることができれば、実用面への応用に有利になります。そこで導電性を増大させるために重合溶液に有機溶媒を添加することを試みました。その結果、電気伝導度は一桁以上向上させることに成功しました。今後はその導電性の向上のメカニズムやその他のポリ(N-アルキルアニリン)についての効果について研究を進め、より実用化に近い材料を作製したいと考えています。
地球温暖化を防ぐ共同研究を発表
 2004年9月5日〜10日の間、フランス・トゥールーズで開催された「XVth International Conference on Gas Discharges and their Applications(第15回 放電とその応用に関する国際会議)」に出席しました。世界各国から260余名の参加者があり、放電やプラズマに関係した様々なテーマについて研究発表・討論が活発に行われました。“放電”や“プラズマ”というと、一般的にはあまり馴染みが薄く、電気工学の一つの特殊な分野、といったイメージがあるかも知れませんが、実際には放電やプラズマに関する技術の裾野は非常に幅広く、身近なところでは蛍光灯やネオンサインをはじめ、最近流行りのマイナスイオンの発生、プラズマディスプレイ、自動車のヘッドライトに使われるHIDランプ、等々。工業用途では、アーク溶接やレーザー、材料の加工や合成、表面処理など、半導体の製造や、いわゆるナノテクにも無くてはならないものなのです。近年、プラズマと生体の関わりや医用応用も注目を集めている分野です。私はこの会議で、これまで地元新居浜の企業(ユースエンジニアリング(株))と共同研究してきた内容について発表しました。地球温暖化の大きな要因となるため、京都議定書でその排出削減が求められているPFC(全フッ化化合物)やフロンガスを、プラズマを使って効率良く分解処理する技術について研究しています。この技術については、ほぼ実用化のメドが立ち、このほど広島にある企業に技術移転し、そこで製品化を行うことになっています。
ハイヒールの謎
今回、私にとっては、初めてのヨーロッパ、初めてのフランスでした。もちろんフランス語なんて全く分かりません。街に出ると、当然のことながら全部がフランス語です。標識も看板も、店の商品の表示も、全部がフランス語でチンプンカンプンでした。お金の勘定の仕方もアメリカとは違うので、物を買う時いくら払えばいいか分からないものですから、小銭入れを渡して「代金取ってくれ」と身振りで言う始末。そんなふうに街ではフランス語漬けになっているものですから、ホテルや会議の会場など、英語が使えるところに戻るとホッとして、妙に英語が懐かしくも感じてしまいました。ひょっとすると、苦手なものをマスターする秘訣がここにあるかも知れませんね。
 フランスの街は、町並みや建物は美しく、絵になるのですが、だからといって、景色に見とれながら歩いていると、ウッカリ踏んでしまうとまずいものが道路にいっぱい落ちていました。ある説によると、あちらの女性の靴のかかとが高いのは、それが理由だとか。エレベータに扉を閉めるボタンが無いことにも、せっかちな私は驚いてしまいました。西洋と日本の文化の違いを改めて実感した旅でした。
画期的な放射光の医用応用を目指して
 9月23日から25日までの3日間にわたって、「Medical Applications of Synchrotron Radiation(MASR)(放射光臨床応用の世界の動向)」がイタリア・トリエステで行われました。MASRは’92年に茨城で始まり、兵庫(‘97)、グルノーブル(‘00)に続く4回目のWorkshopであり、その目的は、放射光に関わる医学・物理学・生物学の研究者間の学際的交流チャンネルを確立するための生きた討論の場を提供することです。参加者約200名・41のオーラル・29のポスター発表の規模で、大きく分けてイメージングと治療分野の10のセッションに分けられて議論されました。また、放射光施設Elettraの見学も行われました。最後に放射光を利用した医学研究の将来展望が議論され、臨床に与える影響も予測されました。
 私はこのWorkshopで「屈折コントラストイメージングにおける被曝量とコントラストの関係」というテーマでオーラル発表しました。これは、微小肺癌を検出する新しい手法として高度に平行なX線を用いた屈折コントラスト法の有用性の研究です。
従来の胸部撮影線量で100μmの分解能が得られることを実験で証明し、肺癌をターゲットに様々な条件で得られる画像をシミュレートした結果などを発表しました。今後はこの撮像法を用いたCTを開発し、癌の早期発見に貢献したいと思います。
研究者との交流で感じたこと
今回の学会発表で世界の様々な研究者達と交流ができました。惜しむらくはもっと英会話ができればと思いました。印象に残ったのはグルノーブルの時は先進国からの参加のみでしたが、今回は会場の理論物理国際センターがパキスタン出身のノーベル物理学賞受賞者Abdus Salamによって建てられたものであり、直前に医学物理のセミナーが開かれていたので第3国の参加者が多かったことです。中には日本に留学していた研究者もいて、レセプションで日本語で話しかけられたのにはびっくりしたのと同時に、日本の国際貢献の大きさも感じました。グルノーブルのConference Dinnerで国ごとに歌合戦をしたので、今回は小学生の時に買ってもらったピアニカ(鍵盤ハーモニカ)を持参し伴奏しました。横に座った女性がフィンランド出身だったので即席でシベリウスのフィンランディアを演奏したら、very impressed!と言ってもらえ、うれしかったです。つくづく音楽は世界共通なんだなと感じました。